確率行列とは,行和が 1 な非負の正方行列のことです.確率行列 X に対して,Xi j を状態 i から状態 j への遷移確率と見なせば,X はマルコフ連鎖の遷移確率と見なすこともできます.
今正則な確率行列 X が与えられたとします.X の逆行列 X-1 は行和が 1 です.証明は簡単で,全成分が 1 である列ベクトルを 1 と書くことにすると,X の行和が 1 であることから 1 = X1 で,この式の両辺に左から X-1 をかければ X-11 = 1 となります.
これだけでは X-1 が確率行列とは言えません.一般に成分が負になる場合があるからです.逆行列が確率行列になるための条件は何でしょうか? とりあえず考えつく方法として 3 つの解法があるようです.
一番簡単なのは,X と X-1 を遷移確率行列だと思うことです.X が非決定的な遷移確率行列 (i に対して複数の j で正な値を取ることがある) の場合,X で遷移したあと,X-1 で遷移すると,確率 1 でもとの場所に戻ってくる,などという奇妙なことは絶対に起こりません.つまり,逆行列が確率行列になるのは,X が決定的な遷移確率行列の場合だけです.行列の言葉で言い換えると X が置換行列ということになります.
正面から証明する方法もあります.X-1 が非負行列で,X のある行 i に対して 2 つの列 j, j' で正の値をとっていると仮定します.XX-1 は単位行列なので,i 以外のすべてのインデックス i' に対して,X の i 行目と X-1 の i' 列目は内積が 0 です.これらは共に非負ベクトルなので,X-1 の (j, i'), (j', i') 成分はともに 0 となります.つまり X-1 の j, j' 行目は第 i 成分を除いて 0 となり,この 2 行は一次従属になります.これは X-1 が正則であることに反します.よって X はどの行も 1 つの成分を除いてゼロであり,置換行列になります.
最後に,固有値からも証明できるようです.確率行列はスペクトル半径が 1 です.X-1 は X の固有値の逆数を固有値に持つので,これらが共に確率行列となるためには,両方ともすべての固有値が長さ 1 である必要があります.つまり X は等長変換を表す行列 (直交行列) ということです.第 i 成分だけが 1 の行ベクトル v を考えると,vX のユークリッドノルムが 1 である必要があります.つまり X の第 i 行はユークリッドノルムが 1 となりますが,行和が 1 な非負ベクトルでユークリッドノルムも 1 となるのは,ある一つの成分だけが 1 というベクトル,しかありません.よって X は置換行列となります.
とまあ,きっかけがあってそんなことをちょっと考えていました.
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